YELLOW BLOOD

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最近巷では日本的なビジネス感覚というのが薄れている。それどころか疎まれている。
日本的なビジネス感覚はどうやら過去のもので、格好悪いとか負け組だとか、淘汰されるもののようだ。
何もかもがアメリカナイズされて行くが、それはまぁ今に始まったことじゃないか。

じゃあ日本的なビジネス感覚とはなにかといえば義理人情における信用取引とそれに基づくモラルだと。
プライドなんてものは他人にひけらかすものではないが、それでも胸を張れる価値観をおのおのが持っていたはずだ。
そしてそれは確固とした理念で、その為のビジネスだからよろめく事などなかったはずだ。

それがいまや全て、例外を残さずマネーゲームになってしまった。義理人情なんかより金がものをいう世の中だ。お金の為のビジネスでもう誰も疑わない。
東洋の哲学はアメリカに蹂躙されてしまったか。

確かになぁなぁであるとか、オリエンタルスマイルで曖昧であるとか、悪くでるところもあるし時代遅れの所もあるだろう。いつの時代も修正は必要だな。
だが哲学まで取り替えてよいのだろうか。俺達は何者なのだろうか。

アイデンティティという言葉をよく目にする。これをわざわざ意識せざるえない現代は悲しい。
以前はきっと意識などせずに当然のようにしっかりしていて、他者と自分を隔てるものを学べていたはずなのだ。
ところが自由という言葉がそれこそどこででも叫ばれるようにはなったが、一方画一的な価値観しか教えなくなった昨今では自由が何かなんて教えず学ばず今の日本はただただ進んでいく。自由自由っていったいなんだい?答えてみなよ。

宗教も無いこの国でなんの指針もなく、あなたたちは自由なのだから好きに行きなさいとほうり出されているんだ。今や自由とは混沌だ。右も左もわからない白地図に立たされそれが自由。指針もなくただただ途方に暮れることこそ自由。
いや指針はある。アメリカだ。

まさに消費がすべてだ。企業は利益追求以外の理念を持たず、消費者は目先の損得しか見ない。 ライブドア、ヒューザー、東横イン、狂牛病問題もそうだ。もう少し遡れば雪印、三菱自動車。
どいつもこいつも戦後のよりよい日本を目指していた頃には無かったモラルの低さだ。

いやモラルの低下じゃない、これが価値観の変化なのだ。変化によって日本的なビジネス感覚よりよい社会作りという志は時代遅れの甘い感傷になってしまった。 教育の賜物か。これが作り上げられた日本か。
宗教もなく指導者も立たぬ日本はその指標、よりどころはハンバーガーとなったんだ。

モノヅクリとか言って、もう「良いもの」の定義は効率的なものだ。コストカットされて使い捨て出来て流行ってすたっていくものが良いものなんだ。
そんなモノヅクリだもの求められるは人じゃない、システムだ。

日本的日本的ってまったく時代遅れだよ、きみ。今やワールドワイドなのだよ、世界に取り残されるだけだぞってか。むむむ。

世界はいつも外ではなく内にある。喜怒哀楽とかプライドと同じとこに。
駆け巡っているのはYELLOW BLOODなはずなんだが。

#つれづれ

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