ああ、すっかりこんがらがっちゃったよ
ボブ・ディランの詩は難解だ。人称をわざと曖昧にしていたり、一つの物語に別の話を差し込んで混同させたり、話の順番を入れ替えて混乱させる。
それはいろいろな解釈を生むし、いろいろな感情を想起させる。
それを巧妙にコントロールしてさらに韻も美しい、それがボブ・ディランがボブ・ディランたるところだ。
このTangled up in blueは邦題が「ブルーにこんがらがって」であることでもわかるようにだいぶこんがらがっている。
この歌はある男女の恋の歴史を辿っているように感じる。出会い、別れてまた巡り合う、というような。
しかしよく意味を追うとどうもおかしい。ただの僕と彼女の恋の物語なのだろうか。
はりきって全訳詞だ。
Early one mornin’ the sun was shinin’
I was layin’ in bed
Wond’rin’ if she’d changed at all
If her hair was still red
Her folks they said our lives together
Sure was gonna be rough
They never did like Mama’s homemade dress
Papa’s bankbook wasn’t big enough
ある朝早く、太陽は輝いていた
僕はベッドに横になって
彼女はすっかり変わってしまっただろうか
彼女の髪はまだ赤いかと思いを巡らせた
彼女の両親は二人が一緒になっても
生活が大変だろうと言った
彼らはママの手作りドレスは好きではなかったし
パパの預金通帳には十分な貯えがなかった
出だしで”僕”は朝からベッドに寝転んで昔の彼女のことを思い出している。
たぶん家族との関係性がうまくいかず別れてしまったのだろう
しかしここからいきなりわからない。
ベッドに寝ていた僕はいつの間にか外に立っている。
そして晴れてたはずなのに靴には雨が降りかかる。
And I was standin’ on the side of the road
Rain fallin’ on my shoes
Heading out for the East Coast
Lord knows I’ve paid some dues gettin’ through
Tangled up in blue
そして僕は道ばたに立っていた
雨は僕の靴に落ちる
東海岸に向かって出発するが
たどり着くのに僕が支払った代償は神のみぞ知る
ブルーにこんがらがって
Tangled up in blueは憂鬱に絡みつくとかそういう意味だろうが、ブルーにこんがらかっては名訳だと思う。
まさにこんがらがるの。
きっと東海岸に向かうのは彼女と別れたからなのだろう。それも含めて僕はベッドに寝転んで思い出しているのか。
次のバースでは
She was married when we first met
Soon to be divorced
I helped her out of a jam, I guess
But I used a little too much force
We drove that car as far as we could
Abandoned it out West
Split up on a dark sad night
Both agreeing it was best
She turned around to look at me
As I was walkin’ away
I heard her say over my shoulder
“We’ll meet again someday on the avenue”
Tangled up in blue
彼女は初めて会ったとき結婚してたが
すぐに離婚することになっていた
僕は彼女を窮地から救ったと思うが
少し強引だったか
僕たちは行けるところまで車を走らせて
西部に乗り捨てた
暗く悲しい夜に別れることとなり
互いにそれがベストだと合意した
彼女は僕が立ち去ろうとするとき
振り返った
僕は背中越しに彼女の言葉を聞いた
「いつかまた大通りで会いましょうね」
ブルーにこんがらがって
ここでまた考えてしまう。家族の理解を得られなかった二人は逃避行したが結局西のはずれで別れてしまったのか。
いや彼女も両親も、僕と彼女のこれからを問題にする前にまず破綻した元の結婚のほうが問題じゃないだろうか。まだ離婚してないんだぞ。
強引な方法で彼女の窮地から救ったというのは、ひどい旦那から逃げるための駆け落ちと考えるのがいいだろう。んー、そうすると僕と彼女との家族の問題はなに?
そこで気づくのは晴れていたり雨が降ってたり、東海岸に向かったり西部に車を乗り捨てたり、これは時間軸が同じではなく別々のことを語っているのじゃないかってことだ。
ここで歌われる彼女”She”は各バース同じ女性じゃないのかもしれない。
この歌で僕は今までのさまざま恋愛や人生を思い返しているのではないか。
そう考えるとその先の彼女の話が納得できる気がする。
ボブ・ディランはわざと一連の話として見えるように描いているのだろう。理由は後に書く。
I had a job in the great north woods
Working as a cook for a spell
But I never did like it all that much
And one day the ax just fell
So I drifted down to New Orleans
Where I happened to be employed
Workin’ for a while on a fishin’ boat
Right outside of Delacroix
But all the while I was alone
The past was close behind
I seen a lot of women
But she never escaped my mind, and I just grew
Tangled up in blue
僕はグレートノーズウッズで仕事をみつけた
少しの間コックとして働いた
でもあんまり好きじゃなかったんだが
ある日クビになった
それでニューオリンズに流れ着いて
たまたま仕事にありついた
しばらく漁船に乗って働く
ドラクロアの沖だ
でもその間ずっと孤独だった
過去はいつもすぐ背後にあった
たくさんの女性を見たけれど
彼女が僕の心からいなくなることはなかった
で、ますますブルーにこんがらがって
グレートノーズウッズは東海岸でもかなり北のカナダとの境に広がる地域だ。メイン州やニューハンプシャー、バーモンドなどにまたがるエリア。まさに北のはずれ、津軽海峡冬景色のような感じだな。
しかし仕事はつづかず、今度はニューオリンズに流れ着く。距離はけっこうある。3000Kmくらい南下した感じだ。
ドラクロアというのがあの画家のドラクロア(有名な「民衆を導く自由の女神」を描いた)かと思い込んでわけわからんなと悩んでたら地名だった。沼や湖に囲まれた町がニューオリンズ近郊にあるのだね、知らんかった。
さてこの一人で点々としていたのはいつなのだろうか。ここで想っている彼女とはどの彼女なのだろうか。
She was workin’ in a topless place
And I stopped in for a beer
I just kept lookin’ at the side of her face
In the spotlight so clear
彼女はトップレスバーで働いていた
僕がビールを飲みに立ち寄った店で
僕はスポットライトに照らされはっきりとした彼女の横顔を
ただずっと見つめ続けた
ここでまたびっくりの事実。たまたま立ち寄ったトップレスバーに働いていて、僕は彼女の顔を見つめた。じーっと。
それはあの昔の彼女を偶然に見つけたからだろか。それともこれは彼女との出会いのときの話なのかな。
とにかく胸じゃなくて顔を見つめ続けたってことはやっぱり顔がタイプだったからだろう。
And later on as the crowd thinned out
I’s just about to do the same
She was standing there in back of my chair
Said to me, “Don’t I know your name?”
I muttered somethin’ underneath my breath
She studied the lines on my face
I must admit I felt a little uneasy
When she bent down to tie the laces of my shoe
Tangled up in blue
そして群衆が去ってまばらになり
僕も同じように去ろうとした
彼女は僕の椅子の後ろに立っていて
「あなたの名前はなんだったっけ?」と言った
僕はぼそぼそと小声になり
彼女は僕のしわを観察した
少し動揺してしまったことは認めるよ
彼女が僕の靴ひもを結ぼうとかがんだ時には
ブルーにこんがらがって
ここでまた混乱します。初めて彼女と会ったのかと思ったのですが彼女は「あなたの名前はなんだったけ?」と僕を知っているかのようです。
そうすると僕はやはり昔のあの彼女を偶然みかけたので思わず見つめたのか。彼女は僕の顔に刻まれたしわを見て若かりし僕を思い出そうとしているのか。
でもそれならなぜ僕は黙って立ち去ろうとしたのか、なぜ小声なのか、なぜ彼女がかがんだとき(たとえセクシーだったとしても)そんなに動揺したのか。
名前を聞くというのはトップレスバーのダンサーの営業かもしれません。きっと僕はきっと客、もしくはカモとして近寄られたのでしょう。そしてどぎまぎしたと。
She lit a burner on the stove
And offered me a pipe
“I thought you’d never say hello,” she said
“You look like the silent type”
Then she opened up a book of poems
And handed it to me
Written by an Italian poet
From the thirteenth century
And every one of them words rang true
And glowed like burnin’ coal
Pourin’ off of every page
Like it was written in my soul from me to you
Tangled up in blue
彼女はストーブに火を入れ
そして僕にパイプを差し出した
「挨拶をしない人かと思った」と彼女は言った
「あなたは物静かなタイプに見える」
そして彼女は詩の本を開き
それを僕に手渡した
13世紀にイタリアの詩人が書いたやつ
それはそれら全ての言葉は真実だった
燃え盛る石炭のように輝いた
全てのページからあふれ出すのは
まるで僕の魂に僕からあなたへと書かれたようだ
ブルーにこんがらがって
二人っきりになったこの彼女はトップレスバーの彼女だろうか。わからないがそうじゃないかな。まだ出会ったばかりのような距離感だ。むっつりのお客さんに話しかけているのか。
その女性が詩集をよこした。自分の好きな詩を男に差し出すなんてなかなかいい女だ。13世紀 イタリアの詩人でググるとまっ先にダンテがでてくる。
ああきっとダンテだ。ああ、きっとベアトリーチェにあてた詩が僕に刺さったのだろう。
そしてこの「僕からあなたへと書かれたようだ」のあなたはもちろんトップレスバーの彼女ではなく、過去の忘れ難き本命の彼女だ、と思う。僕から彼女へ、じゃなくて、あなたへなんだから。
するとやっぱりこのトップレス彼女は元の赤毛じゃないのだろう。あなたこそやっぱり最初の家族の反対で別れた赤い髪の彼女に違いない。それは幼き恋だった。
旦那がいた彼女じゃないね。その恋はエキサイティングだったけど二人で納得して別れてるからね。
ベアトリーチェとダンテの恋は悲恋だ。運命の恋だった。男のダンテにとってはだけど。
つまりこの歌はいろいろな女性と出会い歳もとったけれど、最初の彼女をいつまでも引きずっているって歌じゃないか。

I lived with them on Montague Street
In a basement down the stairs
There was music in the cafés at night
And revolution in the air
僕はモンタギュー通りで彼らと暮らした
階段下の地下室で
夜のカフェには音楽があり
革命の空気があった
Then he started into dealing with slaves
And something inside of him died
She had to sell everything she owned
And froze up inside
And when finally the bottom fell out
I became withdrawn
The only thing I knew how to do
Was to keep on keepin’ on like a bird that flew
Tangled up in blue
それから彼は奴隷の取引を始め
それで彼の中のなにかが死んだんだ
彼女は彼女のすべてを売り払わなければならなかった
そして心は凍りついた
とうとう底が抜け落ちた時
僕は引きこもった
僕の知っている唯一のやり方は
飛ぶ鳥のようにひたすら続けることだった
ブルーにこんがらがって
このバースは普通に追うと正直ぜんぜん解らない。
一緒に暮らす彼らとは誰だ。それに話はすっかり彼の話となっている。実はライブでは最初から”I”僕じゃなくて”He”彼で歌われてるバージョンもある。混乱、誰のことを歌った歌やねん。
このバースの彼女はいったいどの彼女?
ひとつ判ることは、いろいろな挫折がある中僕の唯一のやり方はひたすら人生を続けるってことだ。
そして僕は忘れられない彼女のところへ回帰するのだ。
So now I’m goin’ back again
I got to get to her somehow
All the people we used to know
They’re an illusion to me now
Some are mathematicians
Some are carpenters’ wives
Don’t know how it all got started
I don’t know what they’re doin’ with their lives
だから僕はもう一度帰ろうとしている
どうにかして彼女に会いにいかなくちゃ
僕たちが知っていたすべての人々
彼らも今じゃ僕の幻想だ
数学者たちもいた
大工の妻たちもいた
どうして始まったのかもわからないし
僕は彼らが彼らの人生をどうしているか知らない
But me, I’m still on the road
Headin’ for another joint
We always did feel the same
We just saw it from a different point of view
Tangled up in blue
だけど僕はまだ道半ばで
別の起点に向かっている
僕たちはいつも同じ気持ちでいたし
僕たちはただ違う視点で物事を見ていただけなんだ
ブルーにこんがらがって
僕は彼女のところに何とかして戻ろうとしている。
今までかかわってきた人々はもう過ぎたことだ。
いろいろな女性と出会ったが、でも結局は心より思う彼女は一人だけ。
しかし未だ彼女には会えていない。
最後、Weで語られているのが気になる。離れ離れになって幾年月、なのに僕は「僕たちは~」と相手をわかったようなこと言ってやがる。これこそが一番の混乱で、彼女に会えることはもはやないのではないかという残念な予感がする。
まさにダンテはひたすらベアトリーチェを想ったけれども、彼女はダンテのことをたいして思っちゃいなかった。なんせベアトリーチェは出会いの時9歳で、年頃になったらダンテを避けて別の男とさっさと結婚し早くに亡くなってしまった女性だからね。
他の解釈。
最初から最後まで”彼女”は同じ女性だとする。
ならばこの歌の時系列はまさに行ったり来たりのごちゃごちゃになっているのだろう。
彼女とはトップレスバーで働いている時に出会った。赤毛だ。
彼女には旦那がいて、僕も一緒にモンタギュー通り、つまりニューヨークの地下室で暮らした。しかし旦那はだめな奴で彼女の財産も売り払うことになり、僕と彼女は西部へと駆け落ちする。
西部には彼女の両親が健在で、彼らは僕たち二人が一緒になっても暮らしていけないだろうと反対している。それで結局彼女と別れることになって僕は東へ流れていく。その別れ際、彼女は「いつかまた大通りであいましょう」という。それはモンタギュー通りだろうか。
つまり永遠に循環する。またきっと東海岸のトップレスバーで出会うのであろう。
まさにこんがらがっている。
僕はボブ・ディランは女性が一人もしくは大勢の女性とでも取れるようにわざと歌っていると思う。
ボブ・ディランは巧妙に混乱させて、男と女の走馬灯のような追いかけっこを描いているのではないだろうか。
知らんけど。
なんにしろうまくいかなかった恋こそがいつまでも引っ掛かり輝くのだ。
こちらはOne Of Usのジョン・オズボーンが歌ったやつ。


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