One Of Us/ Joan Osborne

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もし神が私たちのうちの一人なのだとしたら?

僕は現代の多くの日本人と同じく、宗教観があやふやだ。宗教的に信じているものが特定の神だったり仏だったりってのをはっきりと持っていない。
一応家としては仏教だったな。さらには浄土真宗なのだけども僕の親もさほどこだわりを持たずにいたので、もはやなにも宗派としては継承されていない。

だから信心深い人や国のことを完全に理解することはできないかもしれない。
綿々と続く歴史の重みをわかることは難しいのかもしれない。

ということが僕の宗教への前提。

それにしても神とはなんだろう。
神に何をささげ、神は何を与えてくれるのだろう。
信仰とはなんだろう。
何を論理としてその教えを信じ、よりどころにできるのだろう。
信じることになにがあるのだろう。

話は変わるが、アフガニスタンのために半生をささげた中村哲先生はその国の争乱に命を奪われた。
アフガニスタンの争乱の原因はイギリス、ロシア(ソ連)そしてアメリカという大国の愚かなパワーゲーム、パキスタン、イランの思惑、貧困、そして宗教だ。
今回の殺害は水利争いとも言われていてそれも一因かもしれないだろうが、もっと根深い動機だと思う。

中村さんは30年以上にわたって儲けなど考えなしでかの地において多くの人々を救ってきた。
多くの人が中村さんがいなかったら飢えや渇き、病で亡くなっただろう。
その中村さんが倒される。
もし神がいるのならば、と思う人もいるだろう。神様や仏様っていないんじゃないかって。

でも信仰はおいといて、僕は神はいると思っている。
しかし僕の神は頼ったり、よりどころにしたり、捧げたりするものじゃない。
中村さんも神のために汗を流しその命を捧げたのではないだろう。

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今回紹介する曲は1995年の曲「One Of Us」
この一歩引いた視線が、神との距離としていいのではないか?

キリスト教、ユダヤ教、イスラム、どれも一神教で神は唯一無二の存在だ。
逆に日本に古くからある考え方は八百万の神だ。多神だ。ギリシャもそうだ。

一神教では神はいつも主(あるじ)だ。すがるもので、罰を与えるもの。
下々である人間はその主のためにお仕えし、主の御心のままに生かされる。

その点多神教ではすがるものというより、そこに居るもの、そこかしこに。
なんせ太陽神だったり月の神だったり、山や木々、愛や戦いの神だから。
お願いはするけど行うのは自分だし、罰というかどちらかといえば害を与えるもので祟らないでねって神はお祀りする存在だ。
ここでの神は自分のためにいる。共存というか比較的対等な存在だ。

僕の感じる神も日本古来のアニミズムに近いと思う。
科学で説明つかないもの、論理で定義できないもの、やりきれない感情などそういうものを”神”として一旦棚上げする、というもんじゃないか。神様のせいにしとかないと話が先に進まないから。
それならばその変数というか不確定な先送りのものの為に争ったり自分を捧げたりはできない。すがりようがない。

この歌で、神は家に帰ろうとバスに揺られる見知らぬお隣さんだ。
誰かを信じるとき僕は”なぜ”信じるのかというのがとても大事だと思う。
その”なぜ”は自分の見て自分で考えて答えを見つけて信じるべきだ。
誰かに言われたから、宗教だから、そんな思考停止はいけない。

これはなにも宗教の話だけではない。思想についても。正義についても。
”なぜ”、もしくは”ほんとか?”を自ら考えず信じこむ者が多すぎる。
何事も信じる前によく考える。それだけで世界は平和少し近づくんじゃないかと思うが、それが難しい。

この曲はビルボードTOP10に入りグラミーでは8部門にもノミネートされて大ヒットだったのだけど、GODに対してあまりに皮肉っぽいのでバッシングもされたようだ。
プロデュースしたのはリック・チャートフでシンディー・ローパーをヒットさせた人だ。なるほど雰囲気が似ている。僕の好きな「タイム・アフター・タイム」とか、と思ったら演奏している面々も同じのを連れてきていた。

イエー イエー 神は偉大です
イエー イエー 神は善良です
Yeah, yeah, yeah, yeah, yeah・・・・・

もし神が私たちのうちの一人だとしたら?
だらしない私たちの一人だったら?

歌声にひかれる。皮肉よりも哀しみを感じるよ。彼女はローマカトリックの家庭に育ったそうだけど、だからこそ僕らにわからない葛藤や失望がリアルにあるんだろうなと勝手に思って聴いている。
演奏も含めてなんとも好きな曲だ。

のちに話題になったGREEバージョンも入れておく。GREEは大抵いい。プリンスもカバーしているけど、あれは別にいいか。

If God had a name, what would it be?
And would you call it to his face
If you were faced with Him in all His glory?
What would you ask if you had just one question?
もし神様に名前があるなら、どうだろう?
あなたは彼の顔を見て呼びかけられるだろうか
もしあなたが神のの栄光に直面したとしたら?
一つだけ質問があるとしたら何を聞く?

And yeah, yeah, God is great
Yeah, yeah, God is good
Yeah, yeah, yeah, yeah, yeah
イエー イエー 神は偉大です
イエー イエー 神は善良です
そうよ、そうよ、そうよ、そのはず

What if God was one of us?
Just a slob like one of us?
Just a stranger on the bus
Trying to make His way home?
もし神が私たちのうちの一人だとしたら?
だらしない私たちの一人だったら?
神もバスの中でなんとか家に帰ろうする
ただの見知らぬ一人だとしたら?

Just tryin’ to make His way home
Like a holy rolling stone
Back up to Heaven all alone
Just tryin’ to make His way home
Nobody callin’ on the phone
‘Cept for the Pope, maybe, in Rome
ただ家に帰ろうとしてるだけ
聖なる転がる石のように
ずっと一人で天国に帰る
神は家に帰ろうとしてるだけ
誰も電話もできない
多分ローマ法王くらいしか

最後の押韻が素敵だ。

今回書いたのはあくまでも僕の宗教観で神だ。正しいとか正しくないとかはないし、そんな話をしたいわけじゃない。争う気などあるわけがない。
どの神がいい、じゃない。それぞれのものだろうからな。
考えることを放棄しない、ゆだねない。それだ。

コメント

  1. […] こちらはOne Of Usのジョン・オズボーンが歌ったやつ。 […]

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